6月20日 世界難民の日:レバノンのシリア難民

2011年1月に勃発したシリア紛争は、誰もが予想しなかった未曽有の事態となり、21世紀最大の人道危機とまで言われ10年目を迎えました。近年報道で取り上げられる機会も減少し、シリア国内の情勢を見ると大局では収束に向かっているようにも思われます。

しかし、今でも一部で戦闘は継続している上、2,200万人の人口のおよそ半数が国内・国外で避難を余儀なくされている事態は、決して短期間に回復するものではありません。例え国内の情勢が収束したとしても、帰還したくても叶わない難民の人たちは数多く周辺国に留まっています。そのような人たちは長期化する厳しい環境に何とか対応しながら、家族の健康や日々の生活を一生懸命守ろうとしています。

日本赤十字社(以下、日赤)は、シリアや周辺国の人びとの健康と医療を守るために、2012年から現地の赤十字・赤新月社と緊密に協力しながら、緊急救援・危機の緩和に努めてきました。未だ将来の見えない状況が続いている難民の人びとに対して、私たちは今後も人びとに寄り添った支援活動を続けていきます。

「私は新型コロナウイルスの影響で仕事を失い、子どもたちに十分な食事を
与えることもできない。この危機は難民としての苦しみをさらに増大させる。」

(シリア難民の声) 子どもたち

レバノンにおけるシリア難民への水・衛生環境改善支援

シリアの西隣に位置するレバノンでは、シリア危機勃発直後から多くの難民が避難し、現在でも91万人のシリア難民が避難生活を送っています。多くの難民を受け入れる一方、レバノンはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)などの国際機関による難民キャンプ設置を認めておらず、シリア難民は生活インフラの整備が不十分なITS(非公認居住地区)と呼ばれる場所に長期間の滞在をしています。難民生活の長期化に対応するため、現地で難民支援を実施するレバノン赤十字(以後、レバノン赤)は緊急救援に加えて、難民生活の困難を緩和するための支援を行っています。

水タンクとトイレ

設置された水タンクとトイレ©日本赤十字社

今回紹介する日赤の事業は、レバノン赤との協力の下、2014年からレバノンで実施してきたシリア難民に対する水衛生管理支援です。これは、上下水道や電力供給さえままならないITSにおいて、安全な飲み水の確保と、排水設備の改修といった衛生環境を改善する事業で、水由来の感染症や疾病等から難民の健康を守るための支援となります。

6年目を迎えたこの事業も、状況の変化や現場のニーズによって活動を発展させています。レバノンはシリア危機の影響を受ける以前から、内戦や隣国との紛争の歴史もあり、政治・経済的に不安定な国です。そのためシリア難民の受け入れにあたって、受け入れ側の地域住民たちも十分な余力を有しているわけではありません。人口当たり世界最大の難民受け入れ国であるレバノンでは、難民受け入れの長期化に伴って、難民支援と共に受け入れコミュニティへの支援を行うことが、現地における地域住民と難民の間での良好な関係の構築・維持に効果的だといわれています。

受け入れコミュニティ支援の一環として、近年ではシリア難民の子どもたちも通うレバノン人の小中学校を対象とした水衛生支援活動が行われています。現地の学校では難民受け入れによる生徒数の増加により、午前・午後の二部制を敷いて授業をする学校も少なくなく、学校は受け入れ住民とシリア難民の家族らが接するコミュニティの接点でもあります。そのため、学校のトイレや手洗い場など衛生設備改修による環境改善は双方に利益をもたらし、学校で子どもたちへの衛生管理教育を行うことは、より広範に行き届く支援となり、コミュニティとしての結束の強化にもつながることが期待されます。

日赤の活動は、シリア難民の人びとや、コミュニティのキャパシティを超えて難民らを受け入れている地域住民の生活を改善する支援となっています。

難民を追い込むレバノン情勢の悪化

レバノンの国内情勢は、ここ数年にない混乱と不安定に直面しています。昨年10月、レバノン政府の増税措置等に対して大規模な民衆デモが発生、デモは政権や既得権益層による統治体制、汚職の根絶等を求めた全国的な運動に発展しました。その結果、ハリーリ前首相は辞任し内閣は総辞職、そしてテクノクラート内閣と呼ばれる新しい内閣が樹立しました。

ところが、元々の経済不調の中での社会混乱が火に油を注ぎ、昨年末からレバノン通貨は大暴落。今年3月にはレバノンとして初の債務不履行となる財政破綻を来たしました。通貨危機による物価高は人びとの日々の家計を直撃し、財政破綻により国内の金銭の流通は極端に制限され、イスラーム社会に元からあった貧困層への支援にも深刻な影響が出ています。

このような深刻な状況にさらに追い打ちをかけたのが、2月にレバノン国内で最初の感染者が確認された新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)です。国内での感染拡大を受け、レバノン政府は3月中旬から、国際空港や学校など公共機関の閉鎖を課す国家の「総動員」とする封鎖措置を取り、外出自粛や夜間外出禁止によって街中からは人の姿が消えました。日雇い労働等で生活を送る難民たちは、この措置のためわずかな収入さえも絶たれる境遇に直面しました。レバノンでのCOVID-19の感染状況は、6月1日時点で感染者1,200人以上、死者27名を数えています。

シリア難民の生活の今 ~COVID-19の影響~

レバノンを含めイスラーム世界では、今年4月23日からの1カ月間、神聖な月とされるラマダーン(断食月)を迎えました。家族や地域の人たちと夜明けから日没まで断食を行うラマダーン月は、共に空腹を忍び社会の結束を強めるイスラーム教徒にとっての尊い行事です。しかし、COVID-19の影響の中でラマダーン月を過ごすことは、難民の人びとをさらに厳しい境遇に追い込みました。現地で難民家庭を巡回するレバノン赤のボランティアやスタッフからは、難民の方たちの悲痛な状況が報告されました。

〇ムハンマドさん(シリアで現在激しい戦闘の只中にあるイドリブ市出身)

私はCOVID-19の対策で課された外出禁止令により仕事を失いました。私だけでなく多くの難民たちが収入を絶たれ、食事さえもままならない生活を送っています。ラマダーン中、日没後の食事は家族たちと一日の断食の労を分かち合うとても大切な食事です。その食事が十分にとることができませんでした。ラマダーン明けの祝日を楽しみにする子どもたちには、新しい洋服を買ってあげることもできない。親としてこれほど悔しいことはありません。

〇モサアブさん

モサアブさん

奥さんと4人の子どもとレバノンへ避難したモサアブさん©レバノン赤十字

私はCOVID-19によって全てを失いました。外出禁止令によって仕事へ行くことができなくなり、収入を得る手段はすべて絶たれました。かわいそうなのは私たちの4人の子どもたちです。私は、子どもたちがお腹を空かせたまま眠っている顔を見ているとき、死にたい気持ちになります。シリアでの危険からレバノンに逃れて、これまでたくさんの苦しみを経てきましたが、今回のCOVID-19はそれ以上です。家に留め置かれたままで、どうやって家族を守ることができるでしょうか。

〇ファーティマさん

ファーティマさん

7人の子どもの母親であるファーティマさん
©レバノン赤十字

私がCOVID-19について知ることは、手を除菌して清潔に保つことが大事ということです。また外出禁止令によって夫婦ともに職を失ったので、一日中自宅にこもり、街中に出ることはありません。なけなしのお金は、最低限の食糧とマスク等を買うことに使わなければなりません。外出時は常に居住区の代表者にマスクをつけていることを報告しなければならないためです。今年のラマダーン明けの祝日も、子どもたちへの洋服のプレゼントを買ってあげることができなくて残念です。望むことはただ安全に、私たちの故郷に帰れることだけです。

COVID-19の危機を受け、レバノンを含め世界中で苦しむ人びとを救うため、各国の赤十字社・赤新月社をはじめとする国際赤十字は、それぞれの場所で必要なあらゆる支援を行っています。日赤も国際赤十字赤新月社連盟の緊急救援アピールに対して1,000万円の資金援助を行い、COVID-19の社会経済的影響の緩和のため、食糧配給等の支援活動等をサポートしています。

 今後もぜひ、みなさまの温かなご協力、ご支援をよろしくお願いします。

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