レバノン:パレスチナ赤新月社医療支援の現場から

 5月8日は世界赤十字デー。日本赤十字社(以下、日赤)は「苦しんでいる人を救いたい」という思いを結集し、世界各地で支援活動に取り組んでいます。その一つ、中東レバノンでは、2018年4月からパレスチナ赤新月社(以下、パレスチナ赤)の要請に基づき、レバノン国内にあるパレスチナ赤病院の医療サービスの向上を目指して、日赤の医師・看護師らによる医療技術支援を行っています。支援事業の開始から一年、現場には、日赤とともにパレスチナ難民キャンプの病院での医療・看護について考え、支援を必要とする患者さんと日々向き合うパレスチナ赤病院スタッフの姿があります。現地から帰国した李壽陽(り・すやん)事業管理要員と伊藤万祐子看護師(ともに大阪赤十字病院)が彼らの姿をお伝えします。

レバノンにおけるパレスチナ難民の現状とは

 70年前、第一次中東戦争の勃発により周辺国に逃れたパレスチナの人々。その一つ、レバノンでは、今も人口の約1割にあたる45万人のパレスチナ難民が12のキャンプに分かれて居住しています。彼らの中には、シリア内戦のため避難先のシリアからも逃れ、二重難民となった人たちもいます。キャンプに暮らすパレスチナ難民たちは国籍を取得できず、市民権・財産権・就労などが厳しく制限され、困難な状況に置かれています。また、レバノンの一般の生活レベルと比較して、難民キャンプでは生活インフラや衛生環境整備が20年ほど遅れていると言われており、住民の健康や安全に影響を及ぼしています。

 そのような状況でも、パレスチナ赤はレバノン国内に5か所の病院を設置し、長年、住民の命と健康を守ってきました。しかし、課題も多く、医療スタッフの知識・技術は昔のままとなっている一方、提供できる医療サービスの向上が求められる状況に。日赤は、まずベイルート南部にあるパレスチナ難民キャンプ、ブルージュ・エル・バラジュネ・キャンプ内にあるハイファ病院の支援に取り組みました。

ハイファ病院で働く人びと、「助けたい」という共通する思い

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ハイファ病院で働くジャマールさん。内戦では同僚看護師を失った悲しい体験も。

 なぜパレスチナ赤の病院で働くのか、なぜこの難民キャンプで働くのか、そのような問いかけに病院で医療サービスの質の管理を担当するジャマールさんは、「私はパレスチナ人で、同じパレスチナの人たちを助ける仕事がしたいと思い、看護師になった。パレスチナ赤はパレスチナ人に寄り添う機関として設立され、私はここに自分の居場所を感じている。」と話します。住居が密集するブルージュ・エル・バラジュネ難民キャンプ内での病院運営は、配電や衛生、資金面などから厳しいと言います。ただ、「この病院で働く職員はみな家族のようなものだ。仕事のことも仕事以外のことも話し合い、みんな互いのことをよく知っている。日赤とともに病院の医療・看護の質をよくしたいと考えている」と語ってくれました

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気道確保の実技練習に取り組むアマール看護師。彼女も内戦時に看護師として必死に傷病者の治療にあたった経験を持つ。

 ハイファ病院で働くスタッフはパレスチナ人ばかりではありません。レバノン人の看護師アマールさんは、「若かったころ、パレスチナ赤の看護学校に奨学金をもらいながら通った。家計が苦しい中で勉強をすることができた。それに、この病院で働く人たちは自分に優しく接してくれるし、私もここの人たちが好き」「看護師として自分が処置をした患者さんが症状を改善され、満足して帰っていく姿をみたときにはとても嬉しく感じるの」と、この病院で働き続ける理由を語ります。学びに対する意欲は今も変わらず、日赤の講義には、通訳を介して常に真剣に耳を傾けていました。

 普段は笑顔で話しかけてくれるハイファ病院のスタッフたちも、1975年から1990年にわたったレバノン内戦時の記憶を遡り話す際には表情が一変します。争いによる悲惨な光景を目の当たりにし、多くの友人と同僚を失いながらも、とにかく目の前の救える命を救うために懸命に治療・処置をした彼ら。当時の深い悲しみを記憶にとどめ、人を助けることを続けたいと、今日もハイファ病院で患者さんと向き合っています。

厳しい環境の中でも、救うことを続ける

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ハイファ病院の救急外来の看護師・看護師長とともに救急外来診療録の内容を確認する伊藤看護師

 ハイファ病院に入ると、スタッフや患者さんが「おはよう、元気?」と明るい笑顔で次々に声を掛けてくれ、握手やハグで迎えてくれます。挨拶は現地の人々にとって重要なコミュニケーションです。

 病院はとにかく活気があります。とくに看護師は活力にあふれていて、外来でも病棟でもその大きな声が聞こえてきます。経験年数30年前後のベテラン看護師が多く、病院内のことはもちろん、難民キャンプ内のことも熟知しており、病院内で分からないことや困ったことが起これば、皆ベテラン看護師に相談します。患者さんの背景を良く理解しているからこそ親身になって患者さんの話を聞いている姿もよく見かけます。院内の講義や講習の際は率先して声を出し、その場を盛り上げてくれます。

 一方、難民キャンプ内の劣悪な環境や、医療機器や人員の不足など、数え出したらきりがないほどの複雑な環境の中で、医療の質を確保、向上していくことは決して容易ではありません。伊藤看護師は、「現地のスタッフと一緒に働く中で、制限された環境の中でこれまで最善を尽くしてきたことが良くわかりました」と振り返ります。

 苦境にありながらも難民キャンプに住む人びとのため、家族のように助け合いながら頑張っているパレスチナ赤病院のスタッフたち。日赤は、これからも支援を続けていきます。

※ 本活動については大阪赤十字病院国際医療救援部のフェイスブックでも随時進捗をアップしています。ぜひご覧ください。https://www.facebook.com/355328871229152/