家族の苦しみに寄り添う ~離散家族支援~

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行方不明の息子を探す父親(ネパール)©ICRC

家族が離れ離れになる―その家族の心の苦しみは、離れてしまった親や兄弟、子どもに何がおこってしまったのかを知ることができるまで、時間がどんなに過ぎ去っても癒えません。特に、紛争や災害時は、個人の力ではなすすべがなく、愛する家族にいつ会えるのか、会えないのか...という期待と大きな不安や心の痛みは、彼らの人生の関心のすべてとなります。

今回は、未だ内戦と地震の復興のさなかであるネパールでの「離散家族支援」を中心に、赤十字の離散家族支援への取り組みを紹介します。

内戦終結から10年、母は娘の「人形葬」を行った

"心を癒すためにここに来ました。あなたを探し回りました。しばらくしたら戻ってくるよ、と言う人もいました。でも、私はあなたが殺されてしまったのでは、と怖くて仕方ありません。私はあなたがこの世にいなくなったとは信じたくありません。"
― "The Doll's Funeral"(ICRC)より。

ネパールでは1996年から10年にわたり、政府軍とマオイストとの内戦が続き、1万5,000人以上が命を落としました。2006年に内戦は終結しましたが、10年が経過した今なお1,300人もの人々が行方不明で、家族のもとに帰ってきていません。政府からの公式な情報がないままに愛する者を失った家族は、不安な日々の中、心に傷を抱えて暮らしています。

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娘の服を着せた人形と母親 ©ICRC

ボジャリ・ショウダリさんは、10年以上帰らない娘の行方を案じて、精神的に追い詰められて暮らしてきました。ある日、赤十字国際委員会(ICRC)の協力を得てようやく彼女の娘が最後に目撃された場所に行くことができ、その後、村で「人形葬」と呼ばれる伝統的な葬儀を行い家族と一緒に娘を弔いました。人形は聖なる草で作られ、娘が着ていた服をまとい土に埋められます。それにより、残された家族の過ごした暗闇のような生活や痛みから解放され、ようやく気持ちの整理をつけることができたようです。

内戦中からICRCはネパール全土で行方不明者の家族と面会し、不明者の安否確認や追跡調査を行っています。また、ネパール赤十字社等と連携し、ネパールの離散家族の90%以上に対し、精神的支援はもとより法的、経済的な支援も提供してきました。

災害時でも、いち早く家族の苦痛を取り除くために

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震災後のネパール©D. Dhungana/ICRC

2015年4月、巨大地震がネパールを襲い、8,800人を超える人々が命を落とし、被災者は560万人にのぼります。地震発生直後は、通信が途絶えるなど家族と連絡を取ることもできず、離れている家族が生きているかどうかすら確認することができない状態でした。災害時には、ひとりでも多くの人々を救うため、「目に見える」ニーズに対する救援活動は続けられるのですが、一方で、「目には見えない」苦痛である家族が離れ離れになってしまうことについては後回しにされがちです。

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離れた家族に電話をかける被災者©ICRC

ネパール赤十字社とICRCは、震災後すぐに調査を開始し、離れ離れになってしまった家族の絆を取り戻すための支援を開始しました。衛星電話などを利用した家族との通話は332回、安否連絡の手紙は138通、152の家族が家族の埋葬に関する支援を受けました。また、行方が分からなくなってしまった家族を探す安否調査については、丸3年をかけて534件のすべての調査を終了しました。

災害時にこのような支援が実施できたのは、日頃の準備があったからです。平時から300名もの離散家族支援ボランティアを育成し、災害時の離散家族支援に関するマニュアルを作成し全国へ配布し研修も実施しています。

ネパールでの経験を共有―東アジアの赤十字社の取り組み

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ワークショップの様子©モンゴル赤十字社

特に自然災害の多い東アジアの国の赤十字社にとって、ネパールのみならず他国の取り組みから学ぶことがたくさんあります。2018年8月、モンゴルに日本赤十字社を含む東アジアの赤十字社が集まり、緊急時の離散家族支援ワークショップが開催されました。緊急時に活動できる体制を整えるだけでなく、混乱時においても「家族の離散を防ぐ」ことも重要であることが強調されました。また、国を超えた離散家族支援を実施するためには、各国が体制を整えるとともに、赤十字間のネットワークの強化も重要です。

あまり知られていませんが、日本赤十字社も日頃から全国の支部と協力して離散家族の支援業務を行っています。「苦しんでいる人を救いたい」―赤十字は家族が離れ離れになったことで深まる苦痛を少しでも軽減するために、赤十字のネットワークを強化し、日頃から準備をしていきます。

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