レバノン:すべてのお母さんの安全なお産を目指す

シリアから戦火を逃れ命からがら隣国レバノンへたどり着いた難民の数は2017年までに100万人にのぼっています。長期化するこの危機は、難民に限らずレバノン社会へ大きな影響を及ぼしています。赤十字国際委員会(ICRC)は、レバノンの首都ベイルートにあるラフィック・ハリリ大学病院で中長期にわたる支援を実施しています。その一員として2017年8月から半年にわたり活動した冨澤真紀助産師(日本赤十字社医療センター)が活動の様子をレポートします。

苦しい生活による負の連鎖

現地スタッフとともに働く冨澤助産師 ©ICRC

現地スタッフとともに働く冨澤助産師 ©ICRC

私が活動した病院に来院する患者さんの約8割がシリア難民や貧困層の人々です。レバノンにおけるシリア難民の生活は多くの家庭が借金をするなど過去最低の状態で、支援に頼らざるを得ません。着の身着のまま逃れてきても苦しい生活を強いられ、劣悪な環境が健康にも影響を及ぼすという負の連鎖を私は目の当たりにしました。

紛争が始まって以来、シリア難民の女性には妊娠しても妊婦健診を受けられない、具合が悪くてもぎりぎりまで自宅で様子を見るなどの理由で、状態が悪化してから来院する人が増えています。また、高血圧や糖尿病など治療の必要な病気を患った状態で妊娠している女性も多くいます。毎日を生きるのに精いっぱいで医療機関に受診する余裕がないのです。重症化した状態で飛び込みで来院し出産する妊婦さんがとても多いため、深刻な状態でない場合でも病院のスタッフは重症患者として色眼鏡で見てしまいがちでした。重症化する恐れがあると医療スタッフが判断すると、帝王切開が選ばれる可能性が高まります。帝王切開は子宮を傷つけるため、次の妊娠時には子宮破裂につながるリスクが高くなります。さらに、子宮破裂が起きやすい分娩時は陣痛を避けた帝王切開が選択される可能性が高まります。こうして繰り返される帝王切開によって、更に子宮破裂やその他の重度の合併症が発生するリスクが高くなるという、悪循環に陥ります。加えて患者さんの多くは沢山の子どもを産む傾向があるため帝王切開は必要最低限に留める必要があります。しかし、現地ではそのようなことが考慮されずに帝王切開が施されていました。不必要な帝王切開を極力減らし、妊婦さんが必要としているケアを行うことや、重症化する恐れのある妊婦さんにどのように対応するのかが課題でした。

数年来、急激に増えたこのような妊婦さんに対応するため、重症度に基づいて妊婦さんを振り分け、状態にあった適切なケアができる取組みを私たちは始めました。重症な患者さんには集中的により質の高いケアをできるよう、状態の見極め方を病院スタッフに伝えるとともに、軽症の患者さんには「産む力」を引き出し不必要な帝王切開を防止するようにしました。

「産む力」を引き出す助産師の力

助産師というのは、よく「赤ちゃんを取り上げる人」と言われます。お産の場面での私たちの役割は、妊婦さんの心と体を見て、自然の力をうまく活用しながら最低限の医療で出産を手伝うことなのです。過去のお産や妊娠経過、家庭環境、精神状況など様々な側面から妊婦さんを見ます。また、妊婦さんの体や胎児の位置なども観察します。陣痛がくるようエネルギーを摂取できる食事を促し、産道が狭くて赤ちゃんが降りてこなければ、スクワットで産道を広げます。入浴や休息を通してリラックスを促し、分娩を促進するホルモンの分泌につなげることもあります。その人の状況にあったケアを提供することで、自然に供えられた産む力を引き出します。

レバノンでは、順調に進まないお産に何度も直面しました。過去に出産経験があり、順調にお産がすすむと思われる妊婦さんでもなかなか思い通りにはいきません。現地では通常、入院後は絶飲食を強いられるとともに点滴をつながれ、ベッドの上から動くこともままならず孤独に過ごします。付き添いの家族も、泣き叫ぶ女性にどう接したらいいのかわからず、「アッラー、神のご加護を」と唱えるばかりでした。分娩を進行させるホルモンは、リラックスしないと分泌されません。緊張状態が続き、自然の摂理に反する医療行為が通常化しているこのような環境下では分娩が停滞し、すぐさま帝王切開に切り替わるのが現状でした。

妊婦さんを「診る」

助産師として女性に寄り添い、必要なケアをして帝王切開を回避することはできるはずだと考えました。しかし、レバノンでは助産師が直接女性にケアをするという文化がありません。また、シリア難民の流入による急激な人口増加により、医療を含めた公的サービスは逼迫し、人手不足のため丁寧に患者さん一人ひとりに寄り添うケアをできる環境にありません。家族だけではなく、現地の医師や助産師に妊婦さんへのかかわり方を伝え、女性の尊厳が守られリラックスできる環境作りに取り組みました。助産師として病気を「診る」のではなく、妊婦さんや彼女を取り巻く環境を「診る」大切さを粘り強く伝え続けました。

長期的な支援を

レバノンには世界各国から同じ志を持った仲間が集まる

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今までの習慣を変えることは簡単ではなく、長期的な関わりが必要です。また、人手の不足も解決していません。加えて、重症化の可能性が高い妊婦さんを減らすには、妊婦健診を受けやすくし、入院をしやすい環境を作ることが求められます。赤十字は、これからもレバノンに住む難民や貧困層をの人々対象に、医療の質の向上、更にはより多くの人が医療サービスを享受できるよう医療費の補助などの活動に取り組みます。シリアでの紛争が始まって7年。終わりの見えない中で、支援を継続するには皆さんからの温かい支援が必要です。

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