ウクライナ:負傷帰還兵とその家族へのこころのケア事業がスタート ~紛争がもたらす長期的影響を見据えて~

2014年2月の政変を発端とした国内紛争が始まってから2年半が経過したウクライナ。紛争直後には東部からの避難民がウクライナ全土にあふれ、未だ多くの避難民が故郷を離れた生活を余儀なくされています。また、東部では政府軍と反政府勢力との武力衝突が今なお続き、これまでに9,000人以上が死亡、紛争による負傷者は20,000人を超えています(国連調べ)。赤十字は、日本政府から42.6万米ドル(約4,400万円)の支援を受け、2015年より紛争被災者の支援を行ってきました。とりわけ、2016年からは長引く紛争の影響を考慮し、戦地にて負傷後除隊した元兵士らに対する支援事業を展開しています。

紛争で傷ついた元兵士たちに支援を

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キエフ市の赤十字支部にて支援説明会の後、軽食をしながら談笑する負傷帰還兵

負傷帰還兵の多くは、もともとは地域で普通に仕事をしていた一般の人たち。国の窮地に自ら進んで軍に加わったにも関わらず、彼ら志願兵の多くは職業軍人に比べ、乏しい装備のまま戦地に赴き、負傷による除隊後も政府からの公的支援が届きにくいのが実情です。赤十字は、負傷帰還兵への支援の一つとして戦闘により重度の身体的障害を負った人を対象に、義手、義足、車いすや介護用の電動ベッドなど、医療介護器具を無償で提供しています。キエフ市にて開催された支援の説明会に参加したアナトリーさん(58歳)は、「紛争が始まったときは既に50歳を超えていたけれど、国を守るために戦うのは使命と感じて入隊しました。約9カ月間東部の前線に配置され、地雷の爆発による左耳鼓膜の破裂と膝に銃弾を受けてしまい、病院へ搬送され除隊になってしまいました。自分は手足に障害が残るほどではなかったけれど、まだたくさんの負傷帰還兵の仲間がいます。赤十字のこのサービスを多くの仲間に伝えたいです」と語ります。

元兵士たちのかかえる苦悩

ポルタバ州にて本事業のコーディネーターを務めるバレンティーナさんは、「身体的に重症を負っていなくても、負傷帰還兵は仲間が死亡したり負傷したりするのを目の前で体験していることが多く、心理的サポートのニーズが高いです」と語ります。帰還兵はその凄惨な体験ゆえに戦場での光景が忘れられず、トラウマや抑うつ症状に悩まされることが多いのです。また、彼らの多くが日常生活への再適応の問題を抱えています。兵士としての役割に入れ込みすぎると、日常に戻った際にアイデンティティクライシス(自己喪失)を起こしやすく、イライラや引きこもり、アルコールの乱用など、本人のみならず支える側の家族の苦悩へと問題が波及していくことも珍しくありません。

元兵士たちとその家族に対するこころのケア

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ポルタバ支部にて開催されたウクライナの伝統的人形作りワークショップ。負傷帰還兵とその家族、家族を紛争で亡くした遺族らが集う拠点となっている。

赤十字はこうした負傷帰還兵とその家族の苦悩を少しでも和らげるために、退役軍人用のリハビリ病院施設を拠点とした帰還兵のためのグループサポートを行っています。似た境遇の者同士が集まり、自由に語り合いながら苦労を分かち合ったり、つながりの強化を図るのがねらいです。同時に、家族で参加できる創作活動のワークショップや、動物園、博物館などの屋外に気分転換に出かけ、離れ離れだった家族が絆を取り戻すための機会も提供しています。赤十字の企画した博物館訪問ツアーに家族で参加した負傷帰還兵のアンドレさん(38歳)は、「1年半東部で戦ったのち、爆風の影響で肺の治療が必要となり、ここポルタバに帰ってきました。今は子供たちと過ごすことが何よりの息抜きで、赤十字のこの活動に感謝しています」と話しました。また、こうした赤十字の活動は戦地に夫を送り出した妻たちや戦地で夫や父親を亡くした家族にとっても、同じ悩みをもつ仲間と知り合い、ピアサポートを得るネットワークづくりの拠点となっています。

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陶器博物館への外出ツアーに参加するポルタバ州の負傷帰還兵とその子どもたち

すでに2年半が経過した今も紛争は終結の目途が立っておらず、今後も死傷者および負傷帰還兵は増え続けていくことが予想されます。赤十字は、これからも負傷帰還兵とその家族が抱える苦悩に寄り添い、紛争が地域社会にもたらす暗い影に立ち向かっていきます。