被爆70年、何が問題なのか?~NPT再検討会議を終えて

被爆70年、何が問題なのか?~NPT再検討会議を終えて

原爆の子の像(齊藤撮影).jpg

慰霊碑「原爆の子の像」とそれを囲む千羽鶴(広島)

広島・長崎に一年を通して絶え間なく寄せられる千羽鶴。そもそもの始まりは、広島で2歳の時に被爆した佐々木禎子さんが、自身の原爆症からの回復への祈りを込めて折りはじめたこと。

今では核兵器の悲劇を二度と繰り返さず、平和な世界を願うシンボルとして世界中に定着しています。

しかしその願いを具体的な行動として結実させるためには並々ならぬ努力が必要だということ、それが広島・長崎の悲劇から70年が経過して得られた教訓の一つなのかもしれません。

4月27日から5月22日の約1カ月にわたり、ニューヨークの国連本部で開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議は、核兵器廃絶に向けた国際社会の具体的な行動について合意を得ることができず、不調に終わりました。

5年に一度開催されるこの会議は、現時点で核兵器の問題を議論する最大規模の国際会議です。とりわけ今年は広島・長崎被爆70年という節目の年の開催であり、これまで以上に多くの関係者が高い期待を寄せていました。それだけに、会議の決裂には少なからぬ失望の声が上がったのです。

赤十字は何を訴えてきたのか?

赤十字と核兵器との関係は、広島・長崎への原爆投下直後にまでさかのぼります。広島では被爆直後から、壊滅的な被害を受けながらも救護を続けた広島赤十字病院が拠点となりました。また広島・長崎ともに、各県から駆け付けた赤十字の医療従事者らも自らも放射能の危険にさらされながら被爆者の救護にあたりました。

世界の赤十字社は戦後早くから、国際会議など機会あるごとに核兵器使用の禁止などを訴えてきました。直近の会議(2011年の赤十字代表者会議)では「核兵器の犠牲者を誰も救うことはできない」という理由で核兵器廃絶をうたう決議を打ち出し、政治的利害がつきまとうこの問題に対して、中立の赤十字が人道的観点から一石を投じたことは注目を集めました。

赤十字の訴え

核兵器の使用は国際人道法の理念と両立しない。もし核兵器が使用された場合、その結果に対応できる人道的な対応能力が欠如している(その犠牲者を誰も救うことはできない)。

このことを踏まえ、各国が核兵器の使用が合法か違法かをどう考えるかに関わらず、核兵器が再び使用されることがないように約束してほしい。そして核兵器の使用を禁止し、廃絶するための国家間の交渉を進めていってほしい。

(2011年赤十字社代表者会議決議より)

被爆70年「だからこそ」

今、多くのメディアで注目される「被爆70年」。その背景には、被爆者の高齢化が進み、その体験の継承がますます困難になるのではと危惧されていることがあります。被爆体験の継承が失われると何が問題なのでしょうか。

核兵器の悲惨さが私たちの記憶から忘れ去られ、誰も核兵器の使用を問題視しなくなる可能性が考えられます。核兵器がテロリストの手に渡ったり、コンピュータによる誤作動で容易に使用されてしまうリスクが高まっています。

また、仮に使用された場合に人命のみならず地球規模の異常気象による食糧危機が到来するといった想像をはるかに超えるさまざまな影響も明らかになり始めています。それは広島・長崎の惨状とは比較にならないほどの規模です。だからこそ、誰もがこの問題に無関心になってしまったときの恐ろしさが懸念されるのです。

日赤職員による折鶴.jpg

赤十字の使命は「人間のいのちと尊厳を守ること」です。

広島平和記念公園や長崎の平和公園のみずみずしい緑を彩る鮮やかな幾多もの折鶴。

一折りひとおりに込められた核兵器の廃絶と平和への願いを絶やすことなく次世代に受け継ぎ、それが行動として結実するチャンスを見失うことのないようにし、核兵器の使用を絶対に防ぐべく、赤十字はこれからもこの問題を注視し、声を上げ続けていきます。

敗戦から遠ざかるにつれて、人々の記憶から、戦争の悲惨さや原爆の地獄絵図が次第に薄れていくように見えた。だが一方では、人々の目に触れない場所で、原爆の後遺症に悩みながら、世の偏見を逃れるために被爆者であることを隠し、ひっそりと罪を犯した者のように生きている人たちがいた…(中略)…私は思った。死んでいった人たちのために、今、苦しみつつ生きている人たちのために、そして、これから生きようとする人たちのために、私たちの戦争と原爆、そして平和を語りたい、と

-雪永まさゑ編『きのこ雲 日赤従軍看護婦の手記』(1984年、オール出版)あとがきより抜粋

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