シリア難民の女性たちはいま

3月8日は世界女性の日。内戦勃発から4年、紛争を逃れて国内外に逃れたシリアの女性たちは今、慣れない土地で家族の食事の確保に奔走し、基本的な医療も受けられないまま、終わりの見えない避難生活を送っています。

この4年間で、故郷を離れた1200万人のうち(約800万人が国内で避難、400万人がトルコやレバノン、イラク、ヨルダンなどの隣国に避難)、実に400万人が、夫や父親、息子など、一家の稼ぎ手を亡くした女性たちです。

それぞれの避難先で、困難な状況に立ち向かうシリアの女性たちをご紹介します。

自分の将来は自分で決めたい

「一日も早くシリアに戻りたい」 ©IFRC

11歳から25歳の5人の息子とともに、5日間かけてイラクに避難してきたサバーさん(53歳)。夫は病気で亡くし、長男は紛争で戦死しました。

イラクでの避難生活は2年半におよび、6人でのテント暮らしは夏は暑過ぎ、冬はあちこち水びたしになります。

避難キャンプは町の中心から遠いため、収入を得るのは容易ではなく、一家は完全に援助に頼って暮らしています。

食事や医療、子どもの教育など、心配は山積みですが、一番つらいのは毎日することがなく、無為に過ごすことだといいます。自分たちの将来は自分で決めたい、一日も早く故郷に戻りたい、と願っています。

イラクの住民に助けられて

一家が暮らすテントの前で ©IFRC

シリアで夫を亡くし、8歳から13歳の4人の子どもとともにイラクに避難してきたカディジャさん(44歳)も、イラクで暮らす22万人のシリア難民のうちの一人です。

一家はテントで暮らして18カ月。子どもたちは学校にも行けず、カディジャさんが時折見つけてくる日雇いの仕事が唯一の収入源です。

「私たちが何とかやっていけるのは、近所のイラクの住民の方がたが週に2、3回炊き出しをしてくれているからです。それでも食料は十分ではなく、毎日子どもたちを食べさせていくのに必死です」

子どもたちが今も爆撃を恐れています

©British Red Cross

障がいがある2人の息子を含む5人の子どもと、夫とレバノンに避難してきたアミーナさん。

シリアでは家族で果物店を経営し、家を建て、息子たちも理学療法を受けながら平穏な暮らしを送っていました。

紛争で家が破壊され、レバノンに逃れてきて1年8カ月。子どもたちは今でも爆撃を恐れ、布団を濡らしてしまうこともあるといいます。

避難民キャンプで子どもたちに青空学級を開いています

©IFRC

シリアの首都ダマスカスの学校ではクラスで成績が一番だった14歳のネジュメさんは、家族と暮らすレバノンの避難民キャンプで週5日、子どもたちに青空学級を開いています。

「紛争で親を失っている子どもが多くいます。私が学んできたことを伝えて、少しでも子どもたちの気が紛れれば」と語ります。

「女性たちは、家族が困難な状況に希望をもって立ち向かうために欠かせない存在。彼女たちの窮状に寄り添い、支えることが不可欠です」(衞忠煇・国際赤十字・赤新月社連盟会長、日本赤十字社社長)

赤十字は紛争が勃発した当初から、シリアのみならず、未曾有の数の避難民を受け入れ、疲弊している近隣各国でも、大規模な支援活動を展開しています。

なかでも、避難先での社会参加が難しく、搾取されやすい女性への支援として、例えばシリアでは、織物や編み物技術のトレーニングを開催。手工芸品作りを通じた女性たちの現金収入を生み出すとともに、厳しい現実からしばし解放されるこころのケアの役割も担っています。また、レバノンでも、シリアからの避難民の女性たちが日々の不安を語り合えるセンターを運営し、避難先で暮らす人びとの絆を強めています。

終わりの見えない避難生活を送る人びとへの、温かいご支援をよろしくお願いいたします。

日本赤十字社は中東人道危機に対する救援金を募集しています

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