コンゴ民主共和国で困難を生きぬく難民家族

アフリカ中央部に位置する中央アフリカ共和国は長年にわたって政情が不安定で、2012年12月以降は政府と反政府勢力間の武力紛争が激化しています。その結果として、多くの一般市民が国内外への避難を余儀なくされています。

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コンゴ民主共和国に逃れてきた家族。米を売って生計を立てています ©Aapo Huhta/IFRC

ロザリー・ゲレ・ヤグバンディさん(42歳)は、中央アフリカ共和国内の紛争が自分の村に及んだため、9人の子どもを連れて隣国のコンゴ民主共和国に逃れてきました。

そして今年の3月初旬から、モバイー・ボンゴ地区内のウバンギ川の岸辺で難民生活を送っています。

ロザリーさんの家族は避難前は比較的安定した生活を送り、魚を売る小さな店を経営して子どもたちは学校に通っていました。しかし、その平穏な生活は紛争によって奪われてしまいました。

彼女は家族とともにウバンギ川の岸辺の仮設避難所で、非常に厳しい生活を送っています。援助機関が食糧を配給していますが、25キログラムずつの小麦粉と豆の配給だけで家族を養うことはできません。

「援助機関が配給してくれる食糧は1週間持たせるのがやっとです。しかも、その配給は2週間に1度しかありません。そこで私は夫とともにウバンギ川で魚を捕り、それを避難所で暮らす人たちに売っています。そして魚を売って得たお金で、家族のためのお米を買っています」とロザリーさんは言います。

ロザリーさんは時にはそのお米さえも、彼女のように川岸で暮らす難民仲間に売らざるをえません。しかし、彼女たちにとって十分な食糧を得ることだけが関心事ではありません。不衛生な水を飲んでいるために、難民の間で下痢が問題となってきているのです。

近い将来に中央アフリカ共和国に帰国できる可能性は低く、ロザリーさんは子どもたちの教育を心配しています。

国連難民高等弁務官事務所(以下、UNHCR)は難民の子どもたちのために、コンゴ民主共和国赤道州のインケに建設中のキャンプで学校教育を提供する予定です。その地域はコンゴ民主共和国内の内陸部に位置しています。これは国境を越える危険から難民を保護することを使命とするUNHCRの考えを反映したものです。

しかし、ロザリーさんはウバンギ川から離れることを口にすることさえ、ためらっています。

「私の家族は、避難してからずっとウバンギ川のそばで暮らしてきました。そこから離れてどうやって生活していったらいいのか分かりません。配給を受けている小麦粉や豆は私たちの主食ではありませんが、川では主食の一つである魚を捕ることができるからです」

ロザリーさんのように、多くの人びとが避難前の自身の故郷の近く(国境付近)や川のそばに留まることを望んでいます。そこで、コンゴ民主共和国赤十字社(以下、コンゴ民赤)は、国際赤十字・赤新月社連盟の支援を受けながら、UNHCRやその他の支援機関とともに内陸部への移住を望まない難民のニーズ調査を実施することにしました。

UNHCRの報告によれば、ここ一年で4万1000人近い難民がコンゴ民主共和国に逃れてきており、その大半は今年の1月以降に流入しています。そしてそのうちの約1万4000人が、人里離れたモバイー・ボンゴ地区に定住しています。

赤十字による120万米ドルの緊急支援要請により、1万5000人の難民が今後6カ月以上にわたり支援を受けられる見込みです。

コンゴ民赤は河川交通やモーターバイクを活かした難民支援活動を展開しており、これは国中に広がるボランティアのネットワークに支えられています。これまでに約8500人のボランティアによって、食糧や安全な水、医療支援に加えて、防水シート、毛布、マットや蚊帳(かや)などが供給されました。

ロザリーさんは、わが子のいのちを守るためには今は故郷の中央アフリカ共和国に帰ることができないことを理解しています。しかし彼女はいつの日か故郷に帰ることを決して諦めておらず、その夢はさまざまな困難の中にあっても、彼女を支える力になっています。

※この記事は、国際赤十字・赤新月社連盟のニュース記事をもとに、赤十字語学奉仕団のご協力により作成しています。