青海省地震から3年~厳寒の高地で着実に進む復興~

2010年4月14日に発生し、2968人の死者・行方不明者を出した青海省地震から3年。中国政府による1200余りの再建事業は98%以上が実施済みで、日本赤十字社(以下、日赤)が再建を支援した小学校1校と病院2カ所も建物が完成しました。

一部付帯施設の工事は残っていますが、青海省玉樹州政府は「今年9月末までにはほぼ全面的な復興が実現できる」と見込んでいます。震災から復興までの道のりを改めて振り返ります。

厳しい自然環境に阻まれながら

完成間近の建物が並ぶ青海省地震の激震地・玉樹州玉樹県結古鎮

完成間近の建物が並ぶ青海省地震の激震地・玉樹州玉樹県結古鎮

青海省地震の被災地は、標高の低い地区でも海抜3500メートル以上という高山地帯。

震災3カ月後の2010年7月には中国政府の復興マスタープランが発表されましたが、10月下旬以降になると寒さで工事ができなくなってしまいます。

そのため震災発生から1年間は、多くの再建事業で本格的なスタートを切ることができませんでした。

親指を立てて感謝の思いを示すお年寄り。日赤は玉樹州称多県の被災者に2011年の秋、越冬支援物資を提供しました。

親指を立てて感謝の思いを示すお年寄り。日赤は玉樹州称多県の被災者に2011年の秋、越冬支援物資を提供しました。

日赤が支援する3つの再建事業の工事が始められたのも2011年4月下旬。

工事が可能な期間が10月下旬までの半年程度しかないため、本当ならば昼夜の区別なく工事を急ぎたいところですが、厳しい自然環境がそれを阻みました。

震災でインフラがほとんど破壊された被災地は電気事情が悪く、夜は真っ暗闇に。

また、夏でも零下近くまで気温が下がるうえ、夜は植物が光合成しなくなるため酸素濃度が下がることもあり、夜間作業には高山病のリスクも伴います。昼間の作業時ですら、高山病から労働者を守るための休憩が必要でした。

そのため、工事は2011年秋までに終了せず、途中で長い冬を迎えることに。工事が再開したのは2012年春。建物の完成は2012年の秋まで待たなければなりませんでした。

人びとを守り、育む「神の山」地区の病院

2012年末に完成した日赤支援の尕朵郷の衛生院。正門に掲げられた看板には漢字とチベット文字が併記されています。

2012年末に完成した日赤支援の尕朵郷の衛生院。正門に掲げられた看板には漢字とチベット文字が併記されています。©青海省紅十字会

玉樹州称多県尕朵(ガドー)郷は、大阪府の半分程度もある広大なエリア。

海抜4500メートルを超える高地にチベット族5000人が住み、ヤクや羊、馬の放牧とハダカ麦栽培で生計を立てています。

同郷と隣の郷との境にそびえるのが、聖なる山として長く崇められている「尕朵覚沃神山(ガド―ジュエオー)」です。チョモランマ(エベレスト)などを含む「チベット8大聖山」の一つであり、また「チベット仏教4大聖山」の一つともされています。

標高4,300メートルの地に建つ同衛生院。屋根のすぐ上に雲が浮かんでいます。

標高4300メートルの地に建つ同衛生院。屋根のすぐ上に雲が浮かんでいます。©青海省紅十字会

その神の山をいただく尕朵郷衛生院は、日赤が再建を支援した病院の一つです。

尕朵郷は、大きな病院がある玉樹州都・結古鎮からは300キロメートル近くも離れています。

そのため、この地に暮らす人たちにとって同衛生院は「神の山」同様、自分たちの命を守り、育む大切な場所。中心地区はずれの高台に昨年末完成した2階建てクリーム色の施設は、同郷の新たなシンボルとなっています。

災害に強い地域づくりを

中国国内では毎年さまざまな自然災害が、特に貧困地区の山岳地帯や少数民族自治エリアを中心に発生します。

国際赤十字・赤新月社連盟は、中国紅十字会(中国の赤十字社)と共同で災害時への備えとともに災害に強いコミュニティー形成のため国内各地でさまざまな活動を展開しています。

これまでの青海省地震復興支援活動の取り組みをまとめた報告書を掲載中です。ぜひご覧ください。