中国青海省地震 日赤支援の学校と病院が完成

日赤支援で完成した青海省玉樹州仲達郷寄宿制小学校

青海省玉樹州仲達郷の衛生院。屋根はチベット建築様式

中国西部の青海省玉樹チベット族自治州一帯を2010年4月14日に襲い、2968人の死者・行方不明者を出した青海省地震。

発災から2年半が経過した今秋、日本赤十字社が中国紅十字会(中国の赤十字)を通じて再建を進めてきた小学校1校と病院2施設が玉樹州に完成しました。

地震以前から中国に駐在し、この間の復興の軌跡を見守ってきた位坂職員が現地の様子を報告します。

清潔なトイレと温かい給食

学校の敷地裏に引かれたロープ、その先がトイレでした

地震によって学校と宿舎を奪われた玉樹州仲達郷の子どもたちはこの2年半、昼は仮設プレハブ校舎での勉強、夜はベッドもまともにないテントでの生活を強いられてきました。

一番困ったのはトイレがないこと。原っぱの一角をロープで区切った「露天トイレ」で用を足していました。

再建された宿舎内の洗面所

そんな原始的な生活とも今回の寄宿制小学校の完成でお別れです。

新しい教室と宿舎には水洗トイレが設置され、清潔で衛生的な環境で学び、暮らせるようになったのです。

学校の校庭での配膳風景(2010年8月撮影)

給食はこれまで近くの民家で炊事し、校庭で子どもたちに配膳していましたが、新しい学校には食堂も完備。

暖かい室内でできたての料理を口にできるようになりました。

冬は氷点下20度に達するこの地域、温かい食事はなによりの贈り物となるでしょう。

地域復興の象徴として

震災後、診療を続けていたプレハブの衛生院
(2010年8月撮影)

青海省玉樹州仲達郷衛生院は地震で壊滅的被害を受けて以降、仮設プレハブのわずか2部屋だけで医療サービスを提供してきました。

水道もない環境で高齢者や乳幼児に適切な治療を施すのは容易なことではありませんでした。

再建された真新しい衛生院内で予防接種の準備をする看護師たち(2012年9月撮影)

その厳しい環境も、9月に新たな衛生院が完成したことで一変。

「都会の病院と変わらない環境によって、地域の人たちが安心して治療を受けることができるようになりました」とうれしそうに語るのは庚尕索南院長。

玉樹州政府の才玉副州長も「再建された小学校と衛生院は、震災ですべてを失ったこの地域の復興の象徴。道路のインフラ整備など課題はまだ残っていっていますが、震災前よりも立派になった学校と衛生院は、住民たちにとって未来への希望でもあるのです」。

苦しかった生活もいい思い出に

お孫さんを抱える更桑江永さん(左)と当時一緒に撮った写真を手にする位坂職員(中央)

完成したばかりの衛生院を9月27日に訪ねると、昨年4月の起工式で知り合った更桑江永さんと偶然再会しました。

9カ月になるお孫さんの予防接種で順番待ちをしていて、「おや、まあ。昔、ここにやってきた日本の人でしょう? あれはいつのことだったかねえ。でも皆さんのおかげでこんな立派な衛生院ができて、みんなとても幸せですよ。本当にありがとう」と声をかけてくれました。

2011年4月当時、衛生院の起工式に参加する更桑江永さん(右)

この地域の人たちは、普段めったに写真を撮ることがありません。持っていたわずかな写真も震災でほとんど失ってしまいました。

そこで、私は毎回ここを訪れるたびに、これまで出会って撮影させてもらった人びとの写真を、お土産として持参しています。

更桑江永さんにも1年半前に撮った写真を渡すと、「あのころと比べると今は天国のようだよ。私たちの服装も前よりきれいになっているでしょう。こうしていろいろな人が助けてくれたおかげで、苦しかった震災後の生活も、やがていい思い出に変わっていくのだろうねえ」と当時を振り返っていました。

震災から2年半を経て仲達郷の人びとが昔の生活を取り戻し、今こうして幸せを感じながら暮らしていることが、何より支援の成果だと感じます。震災を通じて生まれたチベット族の人びとと日本とのきずなは、再建された建物自体が仮に数十年後に色あせたとしても、人びとの心の中でいつまでもかけがえのないものとして残っていくことでしょう。