中国青海省地震から一年、日赤支援の学校・病院再建がスタート

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仲達郷の着工式、病院職員も工事関係者もみんな笑顔

2010年4月14日に中国西部の青海省玉樹チベット族自治州一帯を襲い、2968人の死者・行方不明者を出した青海省地震から一年が経過しました。

日本赤十字社(以下、日赤)は震災直後より中国紅十字会と連携し、地震で全壊した学校と病院の再建を支援しています。

この春、被災地を訪れた四川省駐在員位坂和隆からの報告です。

春の到来と復興事業の本格化

被災地は標高3500~4500メートルの山岳地帯に位置し、10月から3月までは寒さが厳しく建設工事がほとんどできません。それでも震災から一年経った今年4月には、深い雪に覆われた山間にも春の息吹が訪れ、被災地の復興事業が本格的にスタートしました。

青海省玉樹チベット族自治州玉樹県にある仲達郷では、4月28日に小学校と病院の着工式が行われ、再建事業が始まっています。この式典には学校・病院の関係者だけでなく、村人のほぼ全員が参加しました。

地域の誰もが待ち望んでいた再建工事のスタート、それは震災でほとんどの建物が倒壊し、長い冬を過ごしてきた被災地に春の訪れを告げる儀式になりました。

近くなった日本、「お互いそろって復興を」

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おだやかな表情で式典を見つめていたお年寄りたち

「学校と病院ができる日を楽しみにしています。日本の皆さんも地震と津波で大変なのに、私たちの村を支援してくれるなんてうれしいよ」仲達郷のお年寄りたちは感謝の言葉を繰り返します。

復興の道半ばのこのチベット族の村にも東日本大震災のニュースは伝わっています。

着工式では玉樹県の副県長も「日本の被災地と私たち玉樹とが共に手を携え、お互い一日も早く復興し、被災者の生活が回復できるようがんばりましょう」と復興を誓いました。

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仮設プレハブ校舎の前で見送る仲達郷小学校の全校生徒

学校や病院の建設が急ピッチで行われている仲達郷は、中心部でも標高が3800メートルあり、少し歩くだけでも頭痛に悩まされ、高山病になりやすい環境です。

高山病を防ぐため、2時間作業をしたら1時間は休みながら、長期間工事に従事する他省からの建設労働者の皆さんには本当に頭が下がります。

工事責任者は「私たちは比較的標高の高い甘粛省から来ているから大丈夫。日本人にも村の人たちにも喜んでもらえる学校と病院を建てるので安心して下さい」と話しています。

この日、仲達郷小学校では日本の文具メーカーから寄贈されたノートや文房具セットが生徒たちに配られ、子どもたちはピカピカの文房具を宝物のように眺めていました。日本からの贈り物を手にすることで、遠い日本が少し近い存在になったようです。

別れ際には「学校ができたら、必ずまた来てね」と仮設プレハブ校舎敷地の端まで全校生徒が見送ってくれました。

標高4300メートルの村に届いた日本のぬくもり

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配付式で日赤職員からじゅうたんを受け取る児童

青海省地震は青海省内だけでなく、震源地の青海省玉樹県に隣接する四川省にも被害をもたらしました。

四川省甘孜チベット族自治州の石渠県はその被害が一番大きかった地域です。

同県は平均標高が四川省で最も高く、県の中心地でも標高が4260メートルあり、「四川のヒマラヤ」といわれています。

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防寒ブーツを手に喜ぶ小学校の生徒

日赤はこの春、経済的に非常に貧しく、震災後はさらに厳しい状態が続いている石渠県内の被災者に、寒さ対策のための支援物資を配付しました。

配付式を行った村は標高4319メートルにあり、4月とはいえ最低気温は氷点下まで下がり、雪も降ります。

布団やじゅうたん、防寒ブーツを手にした村の人びとの心には、日本からの温かい支援の真心が深く刻まれたことでしょう。

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震災から一周年にあたる2011年4月14日に石渠県真達郷で支援物資を配付。袋には赤十字マークと「日本紅十字会寄贈」の文字が印刷されています