タンザニアにおける難民支援事業に幕 駐在員が支援最後の一年を報告

00002018_s_0_VcContents_B-0_VcContentsImage_B001.jpg

難民キャンプの子どもと山之内駐在員

日本赤十字社(以下、日赤)が2004年から展開していたタンザニアでの難民支援事業が、2010年12月末で終了しました。

山之内千絵看護師(名古屋第二赤十字病院)は、2010年2月から派遣していた最後の駐在員です。

支援事業の終了手続きを終えてこのほど帰国し、本社で2月14日に報告会を行いました。

00002018_s_1_VcContents_B-0_VcContentsImage_B001.jpg

難民キャンプの子どもたち

1990年代からコンゴやブルンジなどの周辺諸国から、難民の受け入れを始めたタンザニア。各国の政情が安定してきたことから、難民たちの母国への帰還が進んでいます。

しかし、個々の事情などにより母国への帰還を希望しない人たちもおり、2010年12月末現在、コンゴ人のニャルグスキャンプで6万1517人、ブルンジ人のムタビラキャンプで3万6789人の難民が生活しています。

ムタビラキャンプについては、タンザニア政府はすでに閉鎖していると宣言しており、今後もキャンプは縮小されていく方向です。

日赤の事業は、難民キャンプと周辺地域に暮らす人びとの健康状態を改善することが目標。山之内看護師は、1年間の駐在期間のうち前半を難民キャンプ近くの宿舎で生活し、地元保健スタッフの育成やキャンプ内にある病院の増改築などに携わりました。

00002018_s_2_VcContents_B-0_VcContentsImage_B001.jpg

出産後の母親の健康状態の確認

キャンプ内の医療サービス状況について把握するため、各病棟を巡回することも山之内看護師の仕事の一つ。

その際、重症で入院しながらも適切な治療が始められていない子どもたちに出会うことがあったといいます。

「キャンプ内では医療技術を持つ人材が不足しています。現地の保健スタッフたちは研修を受けても、いつ閉鎖するか分からないキャンプで仕事をすることは不安定であり、将来どうなるか分からないことから、良い働き先が見つかるとそこに移ってしまう。スタッフの定着率は低いのが実情です」

重症になるまで病院に連れて来ない両親の認識不足も、子どもたちの命を危機にさらす原因になっていると山之内看護師は指摘します。

「いまだに祈禱師(きとうし)に頼る伝統診療を優先する母親もいます。病気になってからのことを考えた支援よりも、キャンプのコミュニティーの中に入って、病気にならないための衛生知識を普及する支援をもっと強化すべきだと感じました。そうしたソフト面の支援にこそ日赤の強みがあると思います」

00002018_s_3_VcContents_B-0_VcContentsImage_B001.jpg

日赤の支援で建てた新しい病棟に入院している子ども

駐在期間後半の数カ月間、山之内看護師はタンザニア赤十字社(以下、タンザニア赤)のキゴマ支部、そして最大の都市ダルエスサラームにある本社へと活動拠点を移し、支援終了に向けた調整業務などに携わりました。

「支援を終了する作業を進める際、タンザニア赤のスタッフの事務作業の進め方や考え方の違いから、さまざまなことを調整するのは本当に大変で苦労しました。それでも何度も協議を重ね、現地スタッフとの関係を崩すことなく、無事に事業を終了することができました」