チリ大地震から1年:進む復興支援事業

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支援で受け取ったボート前でコリウモ漁村のマリアさん(左)とパウラさん(右)©CRC

マグニチュード8.8、死者512人、行方不明者56人、被災者200万人、損壊家屋約10万棟の被害をもたらしたチリ大地震の発災から、2月27日で1年が経過しました。

本災害では津波被害の大きかった漁村の生業の再開が地域の経済復興の要であるとの考えから、日本赤十字社(以下、日赤)は2010年7月からチリ赤十字社(以下、チリ赤)との二国間事業として漁民の生計再建を支援しています。

チリ赤と政府との間で協力関係にかかる覚書を交わし、漁民の個別聞き取り調査を経て、12月からボート・船外機の支援が始まりました。

ボート・船外機の支援に至るまで

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協力関係にかかる署名式。チリ赤十字社社長(左)とチリ政府関係者ら ©CRC

チリには水産関係の細かな法律と規制があるため、漁業セクターへの支援はチリ政府の協力のもと、漁民や漁場にかかる正しい登録情報を得ることが不可欠です。

政府提供のリストを照合の上、赤十字のスタッフが被災者の聞き取り調査を行い、52人の第一期支援対象者が決定しました。

調査を行った日赤の秋元駐在員は「実際に各地で漁民の話を聞くことで、漁場の形状や波の高さによって船外機の種類を使い分けていることが分かりました。本事業では実情にあったものを調達し、彼らが先祖代々行ってきたように生計を立てていけるよう配慮しています」と話します。

漁村からの声と支援

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協力してボートを海に出す漁民とスタッフ ©CRC

支援対象者の1人、マヌエル・ロチャ氏は、「われわれには資金がなく、被害に遭わなかったわずかなボートでグループを組んで漁をし、なんとか家族の生活を支えていました。祖父の代から40年間、漁で生計を立てており、支援がなければ海に戻れないと思っていたので夢のようです」と語ります。

チリでは1台のボートに3~4人の漁師が乗り込み漁をすることや、交代で使用する慣例があり、1台のボートの支援が多くの世帯の生計再建につながります。

これからの支援にあたり

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安堵の表情で受領の署名 ©CRC

秋元駐在員は「事業の実施にあたっては地図に載らないような小さな漁村を訪問することもあり、その度にチリから1万7000キロメートルも離れた日本の国民がチリの被災状況に心を痛め、支援を寄せているということに感激されます。被災地の皆さんの感謝の声と支援者の皆さんの両者の思いを大切に、引き続き事業を行いたい」と話します。

日赤が救援期に支援したパラル病院
:設置した仮設病棟は現在も活用中

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パラル病院小児病棟待合室で診療の順番を待つ子どもたち

救援期には日赤の緊急対応ユニット(ERU)資機材を用いて、マウレ州のパラル病院の機能回復を支援し、また中長期的な活用を視野に入れて病院の渡り廊下やコンテナ型の水洗トイレとシャワー、および暖房機設置の追加支援を行いました。

テントの病棟は現在も活用されています。

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病院職員から近況報告を受ける赤十字スタッフ

チリでは10月1日が「病院の日」に定められており、パラル病院で行われた記念式典には、チリ赤スタッフと秋元駐在員が参加しました。

病院長の挨拶では各方面からの協力を得て、少しずつ日常業務に戻ることができていることへの感謝が述べられ、病院再建に貢献した機関が表彰されました。

日赤に対しても遠く離れた国からの支援に改めて感謝が寄せられました。

発災直後に日赤やチリ赤のスタッフと一緒に活動をした病院スタッフからは、1年経つ今でも感謝の言葉が届けられます。