子どもたちの笑顔を守るために

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五十嵐駐在員とエスコット村の子どもたち

いがらし まき)

東アフリカ地域代表として2008年8月から2015年8月までケニアの首都ナイロビに派遣された、五十嵐真希駐在員の活動を紹介します。

子どもの命を救うため「愛ホップ」始動

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コミュニティヘルス普及員によってポリオワクチンを摂取する赤ちゃん

ケニア共和国はアフリカの東部に位置する、人口約3800万人(2009年)、大小42の民族からなる国です。

経済成長目覚しい首都ナイロビとは裏腹に、地方では貧困や不十分な教育に加え、安全な水と最低限の保健医療サービスにたどり着くことが困難で、救える命も救えない状況にあります。

なかでも子どもたちの被害は甚大です。世界保健機関の報告(2008年)によると、ケニアでは生まれてから5歳までに亡くなる子どもの数(乳幼児死亡率)が1000人あたり128人。日本の乳幼児死亡率の30倍の水準です。

日本赤十字社はケニア赤十字社と協力し、2007年11月から地域保健強化事業「愛ホップ」(IHOP: Integrated Health Outreach Project)を実施しています。

5歳未満の子どもたちのマラリアや下痢症などによる死亡の減少を目的に、地元ボランティア・地域保健師へのトレーニング、保健省との移動巡回診療などを行う、合計10カ年計画の事業です。

支援地ガルバチューラ県

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干上がった川底を掘って水をくみ上げる人びと

「愛ホップ」の事業地は、ナイロビから北東約500キロメートルに位置するガルバチューラ県です。

人びとは町(定住地域)と、そこから10~50キロメートル離れた場所に構えたいくつかの小さな部落で生活しています。

週に2回運行しているトラックのほかは徒歩が主な交通手段であり、年に2回の雨季には、道路が寸断され、村々が孤立してしまうこともしばしば。

2009年の大干ばつでは、地域住民は渇水、食糧危機、8割近い家畜の損失に襲われました。

「おかゆ一口」が3日間で唯一の食事という時期も長く続きました。地域によっては、20リットルの水を4日間、家族6~7人で分け合わなければならない劣悪な状況(通常1日1家族約100リットル必要)になりました。水不足と栄養不足の環境で衛生状態は悪化し、コレラが流行。医療施設・スタッフが十分でないガルバチューラ県では331人が感染し、残念なことに6人が命を落とす結果になりました。

変わっていくことで命が救われました

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地元で入手可能な材料で作られたトイレ

「愛ホップ」によって、ガルバチューラ県では、少しずつ地域住民の生活に変化が見られています。

以前は、道端や林で用を足していましたが、ボランティアたちによる衛生教育と継続的な働きかけにより、穴を掘って周りを木などで囲ったトイレが作られ、村人に使用されるようになっています。

「クリーンアップデー」と称し、村中で一斉に清掃活動を行うこともあります。

安全な飲料水を確保するために、赤十字から配布された浄化剤を使って、水を殺菌する習慣も根付き始めました。下痢症の流行が頻繁に観察された地域でも、流行の頻度が減少しています。村々で違いはありますが、確実に変化は起きているのです。

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夜中に下痢症を発症した少年に治療を施す地域保健師

今まであきらめていた命が救われるケースも出てきています。

巡回診療を行っている間、ムチョロという村の少年がひどい下痢を発症しました。

栄養不良の状態にある子どもは、下痢症による脱水症状で短時間の内に命を落とすこともまれではありません。早急な水分補給(経口、静脈注射)が必要になります。

隣の村にいた巡回診療チームが駆けつけると、すでに「愛ホップ」の地域保健師によって適切な治療が行われていました。少年は翌日には話ができるほどまで回復しており、3日後にほかの村での巡回診療の後に立ち寄った際には、笑顔が戻っていました。

これはほんの一例でしかありませんが、日本からの寄付金はこのようにケニアに渡り、人びとの命を救っています。