平成27年10月 赤十字語学奉仕団創立50周年記念式典挨拶

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祝辞を述べる近衞忠煇社長

赤十字語学奉仕団がこのたび、創立50周年を迎えられました。心からお祝いを申し上げます。

団員の皆さまには、日頃から赤十字の活動に格別なご理解とご協力をいただいており、ここに厚くお礼申し上げます。また本日、金色有功章を受けられる方がたには、これまでのご活躍に対し深く敬意を表します。

赤十字語学奉仕団、通称『語奉』は、1964年の東京パラリンピックで、語学力を生かしてボランティア活動をされた方がたがコアメンバーとなり、翌年の1965年に結成されました。ここにいらっしゃる方の中には、その立ち上げに関わられた、オールドタイマーもおられると存じます。

『語奉』の前身である、日本赤十字社(以下、日赤)パラリンピック通訳奉仕団が結成された1964年は、私が日赤に入社した年でもありますが、団が組織されたその陰には、JRC(青少年赤十字)を起ち上げ、後にアンリー・デュナン記章を受章された橋本先生の強いリーダーシップがあった上に、当時皇太子妃であられた皇后陛下の強力な励ましがあったと記憶しています。

私は『語奉』のメンバーとは、1970年に18カ国のJRC代表を日本に招いて開催された『こんにちは70』で行動を共にする機会を得、その後深い交流が続いております。その中の何人かの主要なメンバーが故人となられ、この場におられないのが残念でなりません。

『語奉』が創立50周年を迎えるにあたり、今年1月に東京新聞が5回にわたり、『分け合う ハシ先生のメッセージ』というタイトルの連載をしました。その中で、橋本先生、いや『ハシ先生』の言葉を紹介しています。

「奉仕って何ですか。余計に持っているものをあげることですか。違うでしょ。分け合うことではないのですか」

この言葉は、戦後間もなく赤十字奉仕団の結成の準備会合で、自らの生活に精一杯で「奉仕どころではない」といった参加者の気持ちに訴えたものであり、その説得によって、『語奉』をはじめとする、さまざまな赤十字のボランティア活動が生まれ育っていきました。

現在『語奉』は、結成当初のメインの活動であった障がい者のための通訳のみならず、スマートフォン版アクセシビリティー情報の提供や、プリント・ディスアビリティーを持つ生徒へのマルチメディア英語等教科書の提供、大森赤十字病院での外国人患者への案内通訳や、東京都障がい者スポーツ大会でのボランティアなどに活動の幅を広げておられます。

アンリー・デュナンは、『ソルフェリーノの思い出』の中に、次のように記しています。

「病院内に放置され、死にかけている人々のうち幾人かは、自国の言葉で意志を表すことが全く出来なかった。彼等の言うことを理解し、耳を傾け、慰めてくれる誰かがそばに居たならば、人を呪い、神を汚す言葉を吐きながら、息を引き取ったであろうか」

この言葉は、人と人との間のコミュニケーションが、人道を実践する上で欠かせないものであることを示唆しています。2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックでは、55年の時を経て、再び『語奉』の出番が回ってきます。その活動があるならば、勝った者を呪ったり、審判を汚すような不穏なことは起きないでしょう。

創立50周年を契機に、『語奉』のさらなる発展と皆さまの益々のご健勝とご活躍を祈念して、お祝いの挨拶とさせていただきます。