平成27年8月 赤十字を代表して広島、長崎原爆投下70年式典に出席

原爆が世界で初めて広島、長崎に投下されてから今年で70年です。この節目の年に、日本赤十字社(以下、日赤)の近衞忠煇社長は国際赤十字運動を代表して広島、長崎両市の平和記念式典、犠牲者慰霊平和祈念式典に出席しました。赤十字のみならず国際人道団体が市から招待を受けるのは初めてのことでした。

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献花する近衞社長、右はシュレーダー赤十字国際委員会東京事務所長(長崎市提供)

「被爆者自身のことばは心に沁みる。語り部が年々少なくなる中で、いかに彼らの声を引き継げるかが課題だ」と近衞社長。核兵器廃絶の訴えを進めるための方策を模索しなければ、との思いです。

近衞社長は来賓として両式典で献花し、長崎では配布された挨拶文の中で、被爆したのは日本人だけではなかったことに言及しました。

赤十字は原爆投下直後から現在まで、いつも人びとに寄り添ってきました。

日赤は広島では1956年から、また長崎では1969年から、原爆病院を運営しており、今日まで両院合わせて延べ2500万人が利用しています。昨年一年間だけでそれぞれ4657人と6030人もの被爆者を治療しています。

赤十字の核兵器廃絶運動の歴史は古く、当時の国際赤十字・赤新月社連盟は、1946年にジュネーブ条約で禁止する兵器に原子兵器を追加する提案をしています。1948年の第17回赤十字・赤新月国際会議では「原子力その他これに類する力を戦争目的に使用しないことを各国に要請する」決議を採択し、今日まで核兵器反対を世界へ呼びかけています。