平成26年3月 気象庁と「防災教育の普及等の協力に関する協定」締結

 日本赤十字社社長の近衞です。このたび気象庁との間で防災教育の普及等の協力に関する協定が結ばれる運びとなりましたことを心から歓迎しております。

 今から約45年前、1970年の11月、当時まだ東パキスタンと呼ばれていたバングラデシュを空前の大サイクロンが襲い、7メートルに達した高波によって、およそ30万人が亡くなりました。

 この大災害に見舞われた海抜数メートルしかない沿岸地帯やベンガル湾の島々を、当時私はヘリコプターで巡り、なぜこれだけの被害が出たのか、と色々と考えたことを記憶しております。当時現地に気象レーダーは1基しかなく、警報を流すはずのラジオ放送局と気象台との連携は悪く、ラジオを持っていないほとんどの住民は、自然の猛威に身を委ねるしかありませんでした。

 私はこの災害から1年後に再び現地を訪れ、地元の赤十字と幾つかの姉妹赤十字と協力して、サイクロン対策プロジェクトを立ち上げました。その間に内戦の危機を乗り越えた東パキスタンは、独立してバングラデシュとなりました。

 われわれが最初に手掛けたのは、沿岸地帯に赤十字のサイクロン対策ボランティアを組織することでした。各チームには、未だ日本でも高価だったソニーのトランジスタラジオ2千台と、サイレン付きスピーカーが配られ、彼らがサイクロン警報を一早く住民に知らせ、避難を促すことができるように訓練しました。またバングラデシュ赤十字の本社とボランティアのチームを無線で結び、警報を広めるためには、伝統的な太鼓やのろしも使うことにしました。

 赤十字マークの入ったベストの上に、ラジオやスピーカーを肩にかけ、サイクロンへの備えを訴える若く情熱を持ったボランティアたちは、コミュニティーで一目置かれる存在になりました。ところがいざ本番となると、住民を避難させることはなかなかできませんでした。極端に貧しく、家財道具などないに等しい彼らであっても、家を空けることには抵抗があり、家畜を飼っている場合はなおさらだったからです。

 そこでわれわれは、住民教育用の紙芝居を作りました。賢い農民は警報を聞いて避難して難を逃れたけれど、愚かな農民は家に残ったため命を落としたといったストーリーです。各地の学校には青少年赤十字を組織するよう呼びかけ、救援活動に協力してもらいながら防災教育を行いました。

 それから40年以上たったバングラデシュでは、今でもサイクロン警報を流し、住民の防災教育に当っているのは、この時誕生した赤十字のサイクロン対策ボランティアたちです。

 さらなる課題もありました。沿岸地帯には高潮が来て避難しようにも高台が皆無なことです。そこで、千人近い住民を動員して、土盛の高台を幾つも作りました。労賃は救援物資で払い、作業は思いのほかスムーズに進みました。しかし、何も無い高台の上で強い風や雨を凌ぐには限度があります。そこでかなりの時間をかけ、コンクリート製の十数メートルの高さのシェルターを建てることにしました。

 一階は吹き抜け、二階が避難所で、日ごろから住民になじんでもらうために、時には学校として、時には集会所として、多目的に使えるよう設計しました。やがて、このシェルターは評判になり、各地に競って設けられるようになり、その数は1,600に上っています。

 こうした息の長い地域社会に根付いた対策が実を結び、その後同規模なサイクロンが同じ地域を襲った時、死者はそれまでの20分の1の1万4000人に留まりました。災害対策が具体的な成果を挙げた事例として、この話はしばしば引用されています。

 もうすぐ、東日本大震災から3年を迎えます。日本赤十字社はその時の救護活動を振り返り、救える命が少なくなかったと同時に救えなかった命が多かったことも実感しました。阪神淡路大震災では、被災者の8割の救助は、地元住民があたったことがわかっています。

 東日本大震災でも、まず「自分の命は自分で守る」ことの大切さを、「釜石の軌跡」は教えてくれました。「自助・共助」の重要性は、東日本大震災後に改訂された国の災害対策基本法にも明示されています。

 私は2009年から国際赤十字・赤新月社連盟の会長を務めておりますが、そこでの調査では、「防災のコストは救援の20分の1で済む」という試算が出されています。世界の目は近年、災害対策の強化に向かっており、その原点として、地域住民のレジリエンス(日本語では強靭性と訳されています)を高めることを訴えています。

 国際赤十字・赤新月社連盟では、2010年のハイチ大地震の後、国際的な緊急支援要請を行うときには、要請額の10%相当を防災・減災やレジリエンスを高める事業に充てることを決めています。来年3月には、仙台で日本政府がホストする国連防災世界会議が予定されており、赤十字もこの会議に貢献していくつもりでおります。

 日本赤十字社は、長い歴史の中で、災害救護、こころのケア、復興支援などの幅広い経験を培ってきました。そしてこれからも、「災害からいのちを守る日本赤十字社」をスローガンに、「防災・減災」に注力した活動を積極的に進めてゆきたいと考えております。

 全国に散らばる約220万人の赤十字ボランティアと、1万3000の幼稚園、保育所、小中高等学校、特別支援学校が加盟する青少年赤十字のネットワークは、国民の防災意識の向上に、大きな貢献ができると考えており、「まもるいのち ひろめるぼうさい」をスローガンに、目下、青少年を対象とする防災教育プログラムを開発しているところです。

 このたび、気象庁と協定を結び、防災に対するその豊富な知見や経験を活かさせていただくことによって、両者が共に目標とする「将来発生する災害がもたらす被害や、未来の被災者を一人でも減少させる」ことに貢献できることを強く期待しております。

日本赤十字社 社長 近衞忠煇