平成25年8月 第44回フローレンス・ナイチンゲール記章授与式あいさつ

 

 本日ここに、日本赤十字社名誉総裁皇后陛下の行啓を仰ぎ、名誉副総裁秋篠宮妃殿下、常陸宮妃殿下、高円宮妃殿下のご臨席を賜り、また、厚生労働大臣をはじめとするご来賓各位のご参列を得て、第44回フローレンス・ナイチンゲール記章授与式を挙行できますことは、誠に慶びに堪えないところでございます。

ナイチンゲール女史と赤十字

 

 今年は、赤十字運動がスタートして150周年にあたります。創始者であるアンリー・デュナンは、北イタリアで世紀の大戦争に遭遇し、心の準備も医学的な心得も無い中で、ボランティアの協力だけを頼りに負傷者の救護を行いました。赤十字運動は、その時にデュナンが抱いた無念さと無力感から生まれました。今では世界189の国に広がりを見せています。

 デュナンはその時、クリミアの戦場での活躍を知り尊敬していたナイチンゲール女史に、相談を持ちかけています。戦場で敵味方なく救助する赤十字を立ち上げるためにアドバイスを求めたのです。デュナンの夢が形になり、150年前に誕生した赤十字国際委員会は、ナイチンゲール女史の偉業を称え、その崇高な精神が引き継がれることを願って、ナイチンゲール記章という賞を創設しました。

 ナイチンゲール女史といえば「ランプの貴婦人」「クリミアの天使」といった美しいイメージで語られがちですが、女史の真骨頂は、当時まだ女性の社会的地位が確立されていない中で、自らが確立した近代看護学を学んだ38人の従軍看護婦をクリミア戦線に派遣した卓越した政治力です。彼女は野戦病院での徹底した衛生管理とリーダーとしての高い資質によって、戦傷病による犠牲を最小限に留めるという功績を上げました。諸外国は彼女の先駆的な取り組みにならって、競って衛生部隊の創設に踏み切ることとなりました。

 今年のNHK大河ドラマ『八重の桜』のヒロインである新島八重は、日本赤十字社篤志看護婦人会(京都支会)の会員であり、日清戦争では、看護婦取締として20人の看護婦を率いて、大本営の置かれた広島で救護にあたりました。当時の日本では、まだ女性を従軍させることには大変な抵抗がありました。その半世紀近くも前に、ナイチンゲール女史が率いる従軍看護婦が戦場で活躍したことを思うとき、それがいかに時代に先駆けていたかがよく判ります。

受章者のお二人

 このたび、ナイチンゲール記章を授与される久常節子さんは、長きに亘ってフィールドワークを主体とした保健師・看護師の養成に取り組まれました。その後、看護行政の中枢にあって、看護の質の向上や労働環境の改善に手腕を発揮され、阪神・淡路大震災では、当時はまだ広く知られていなかった被災者の「こころのケア」を支援するチームを派遣する体制を整えられました。

 2011年3月に起きた東日本大震災の際には、日本看護協会会長として、全国に組織された災害支援ナースを動員し、救護活動に大きな貢献をされました。医療と救護の現場と行政に亘る多方面での活躍は、ナイチンゲール女史の功績に相通じるものがあり、久常さんの受章は、誠にこの賞の目的に叶ったものと言えるでしょう。

 もう一人の受章者の金さんは、東日本大震災の最大の被災地の一つとなった石巻市で、救援の拠点となった赤十字病院の看護部長として重責を担われ、沈着冷静な指揮をとりながら、まさに不眠不休の大活躍をされました。そのお姿からは、ご自身のご家族も家も失くされたことを、全国から集まった救護班はもとより、同僚すらも伺い知ることはできませんでした。

 同病院は、震災の5年前に災害のリスクの高い沿岸部から内陸に移転新築し、救護訓練を重ねて万全の体制を取っていました。金さんは、その中心的な役割を演じられましたが、その間には、石巻赤十字看護専門学校の教師として、後進の育成にも尽力しておられました。震災前日に卒業式を終えた同校は、津波によって大きな被害を受けました。幸い、在校生や同校を巣立ったばかりの看護師は皆無事でした。

 そして、発災直後から赤十字精神をおおいに発揮して、避難所などで献身的な活躍をした彼らの姿は、私たちの誇りでありました。こうした素晴らしい学生を育ててこられた金さんの実績が、受章の理由につながったことは言うまでもありません。

 ナイチンゲール女史や赤十字の精神を受け継ぎ、実践してこられたお二人の受章に、改めて心よりのお祝いを申し上げるとともに、今後とも、看護の道を目指す後進のよき理解者・指導者としてご活躍いただくことを祈念して、私からの挨拶といたします。