国際人道法とICRCは、その起源から役割まで切っても切り離せない関係にあります。ここでは、そのような両者の関係を1.起源、2.法的基盤、3.役割の3つに分けて解説します。

左の写真は、今から130年以上も前に、ある一人の人が書いた著書の表紙です。この著書は『ソルフェリーノの思い出』というもので、そののち全世界に普及する国際的なNGOと国際人道法を生み出す契機となります。
著者の名前は、アンリー・デュナン。スイスの資産家で、同時代に活躍していたナイチンゲールに影響を受け、1859年のソルフェリーノの戦場に赴いていました。そこで、おびただしい数の負傷戦闘員を目の当たりにします。なすすべもなく悶え苦しむ者、陣地まで這って戻る者。アンリー・デュナンは決心をし、病院にて傷病兵を敵味方の区別なく救護し始めます。その時の経験を書いたものが、『ソルフェリーノの思い出』です。しかし、彼が同著書に書いたものは経験談のみではありませんでした。著書の中で、アンリー・デュナンは次の二つの提案をしています。
①ボランティアを集め訓練し、戦時に負傷者を救護できる組織を平時から設ける
②この組織を認め、保護するための国際的な取り決めを結ぶ
前者が国際赤十字活動の起源、後者が国際人道法の起源となります。1863年、ICRCの前身である国際負傷軍人救護委員会(五人委員会)は、上記の二つの提案の検討及びそれらを実施するために創設されました。同年末、各国赤十字社・赤新月社の前身である最初のボランタリー救助部隊が設立。翌年の1864年8月22日、ついに傷病者の状態改善に関する第一回赤十字条約が採択されました。その後も、ICRCは紛争地にて活動を行い、そこで直面する問題を記録し、各国に向けて国際人道法の改善に関する実践的な提案を示すようになりました。このようにして、ICRCは国際人道法の法典化のプロセスに直接関わり、特に1906、1929、1949及び1977年の国際人道法の改訂や発展に大きく貢献しました。
ICRCは国際社会から法的な権限を与えられています。その権限の基盤にあるものの一つとして、1949年のジュネーブ諸条約があります。これによって、ICRCは武力紛争中に捕虜を訪問すること、救援活動を行うこと、家族の再統合をはかることなどの人道的活動を行う権利を認められています。また、同条約は各紛争当事者に対して、赤十字の標章を掲げる救護者、車、建物を攻撃してはならない義務を課しています。
ICRCのもう一つの法的基盤として、国際赤十字・赤新月運動規約(運動の構成団体及びジュネーブ条約の締約国によって採択)があります。同規約第5条にICRC役割は規定されており、国際人道法に関するものとして次のものがあります。
第五条 赤十字国際委員会
これらの条項から、ICRCは、国際人道法の推進者(promoter)または守護者(guardian)と呼ばれます。
ジュネーブ諸条約の日本語版は防衛省・自衛隊のホームページ(外部サイトへ)
ICRCは、国際人道法の守護者として次のような様々な機能を果たしています。
